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身の残った骨と聞くとどうしても三国志からの故事である「鶏肋」を思い出してしまう。漢中への遠征中、その日のお言葉を夏侯惇が求めてきたとき、曹操はちょうど食べていた「鶏肋」と気付かず、呟いた。それが全軍に伝えられたのを聞いて、頭の切れる男、楊修は「鶏肋」とは肉がちょっと残ってもったいないが、結局捨ててしまうものだから、漢中を諦めて撤退の意と捉え撤退の準備を開始した。羅貫中による三国志演義ではこれに嫉妬した曹操に殺されている。
貪り尽くすような愛情も、食べきった後の未練も、ついにはこの鶏肋になる。終わった恋愛にうじうじとしているのは、手羽先をいつまでもいつまでもしゃぶっているようなものは貧乏性だし、乱暴に食い散らかすことと同等にはしたない。あきらめて火にくべるほかない。河野多恵子はこの小説で、骨付き肉を食らうことの二つの意味を巧みに描いたどころか、あまりに多量に火へくべすぎたために、限界を超えて燃え上がる取り返しのつかないところまでも、その鋭い感性で描破している。彼女の代表作である「みいら捕り猟奇譚」では、マゾの夫の首に縄をかけて乗り、お馬さんごっこをやって、ついに「ほら跳んで」と彼をジャンプさせたとき一思いに縄をひっぱり殺して、「やってしまった」という感慨で終わる。しかもこれは戦時中の物語だ。まあなんとも彼女は一線を超えたくなる危うさを描くのが上手だ。
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