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「つまりという言葉のあとは大抵なにもつめられていない」とそれだけが白地に黒く書かれた中吊り広告をみているうちに電車は五条について美幸は大和大路通を下がっていった。何十年も反対されている看板が昭和っぽく色褪せる葬儀場を過ぎると道は両通になり豊國神社の巨岩が左手に連なる。正面通とぶつかる角にあるよもぎうどん屋に入った。有芽美はそこで待っていた。
「あ、美幸ちゃん!」と有芽美は小さな身体を嬉しそうにぴょんぴょんさせながら「こっちだよ」とテーブルへ促した。
「どうしたの?」と美幸が席についておしながきに目を通すと、有芽美はとたんに落ち込んだ顔をする。
「あのね、大変なことになっちゃったの」
「どうしたの?」
「あーわたし弱者になりたい」
「どうしたの?」
「強者ゆえの悩みなの」
 どうしたのと繰り返すのもばからしくなってきた美幸は店主によもぎうどんのざるを頼む。有芽美もあわてて天ぷらよもぎうどんを頼む。
「大変なのによく食べるね」
「ねえ美幸、私太ってないから、ぽっちゃりなだけだから、食べていいの」
「早くなにがあったか話してくれる?」
「そうそれがね、私ほら強者でしょ? 愛され系マシュマロ女子の旗頭として新時代カリスマモデルって言われてるじゃない? それでね私あるバンドのボーカルが好きになったの。私はファンで向こうはミーハーでお互い利害関係が一致した感じで何かと会ってたの」
「ああ」と美幸は合点した「あのリテラチャースプリングの件ね」
「うん、あとから奥さんいるってわかってさでもそれでもいいやーって思ったのね別れるっていうから、でもそしたら週刊誌にすっぱぬかれちゃって、最初は友達ってことでやりきる予定だったんだけど、それバレちゃって、じゃあ許してもらえたってことでやりきる予定にしたんだけど、それもバレちゃって、彼のこと大好きだからまた一緒にいたいのに。わたしネットで限りなく黒に近いデブーとか言われてて、これって私が強者だからでしょ、もし私に手足がなかったらここまでやんやん言われなかったと思うの。だからどうやったら弱者になればいいと思う?」
「そういうことは言わないほうがいいよ有芽美」
「どうして?」
「差別される要素について話していいのは差別されてる人たちだけだから。同じ障害でも、彼が笑えばバリアフリー有芽美が笑えば差別になっちゃう。それに彼は手足の代わりに大量のファンネルを従えてるから、手足なんて飾りのキュベレイみたいなものなの」
「なにか私に弱者になれる要素ないかなー」そういった時にちょうどよもぎうどんができあがった。「あ、あとごはんもお願いします」と有芽美は言った。「あいよ、いつも通りね」と店主はにっこりしている。天ぷらをかじりうどんをすすりごはんをかきこむルーチンを高速で回す彼女を美幸は自分が箸にとったうどんをつゆに浸すのすら眺めていた。
 波のように震えている肌はその稜線で微妙な起伏を作っている。その起伏は四条の焼肉屋でホルモンを焼こうとした時、焦げと共に一瞬脂肪に焼きついたあの白っぽい起伏と同じものだ。泡立ち溶けて見えるラードのような、女の白い腕のような優しい起伏。
 これまでずっと、いつだって、有芽美はこの白っぽい起伏に包まれていたのだ。
 汁を縁に残した空のどんぶりはうどん屋の照明に染まりながら黒に近い。
 限りなく黒に近いデブーだ。美幸は座り直し、自分のうどんをつゆに浸しながら、このどんぶりみたいになりたいと思った。そして自分でこのぶよやかな白い起伏を揺らしてみたいと思った。美幸自身に映った優しい起伏を他の人々にも見せたいと思った。
 コップの縁が脂で濁り、うどんのどんぶりはすぐに下げられてしまった。ごちそうさまの声が聴こえるともうテーブルには何も残っていない。
 アパートの前のサボテンの側に、きのう捨てたリテラチャースプリングが転がっている。汚れている誌面にはまだあの記事が載っている。
 美幸は箸を置き、手を待った。
 手が伸ばされてきて、いらないのという声がここまで届けば、長く伸びたうどんが丸い手とリテラチャースプリングに重なるだろう。
そんな彼女のさまを見ていると、肌のふるえが机をとおして伝わったように、美幸は有芽美をかわいそうに思った。手を伸ばし彼女の頭をなでた。
「ドントタッチミー!」有芽美は彼女の手をふりはらった。
「ごめん」
「ううん、でも美幸に話したからか、お腹が膨れたからかすごく気分が楽になった。なんだかこのまま押し通せそうな気がする」
「そう、よかった」
「ありがとう美幸、お世話になったから今回はおごるね」
「え、珍しい」と言いながら二人は立ち上がった。「ごちそうさまです」と店主に声をかける。
「あ、領収書もらえますか」と有芽美は釣りをもらってから言った。入り口の方を見ながらその後につづく彼女の言葉を美幸は聞いていた。「あの、二十人前にしといてください。額面も宛名も結構です、日本下町文化資料費として計上するんで」
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