映画であっても小説であっても、いつだって物語を陳腐にさせようとしてくる最大の敵は現実感というよくわからない代物で、しかもこれは容易に定義ができないからたちが悪い。

たとえば名作と言われるSF作品などでどう考えても筋書きのような科学的考察ができるはずもないのに、物語にはすっと入り込むことができて最後には感動したりすることがある。

ぼくはこの前DVDでルーシーという映画を借りた。リュック・ベッソン監督の映画だが、彼にはたとえばフィフス・エレメントのようにすばらしいSFエンターテイメントがあるから期待した。

物語は発見されたなかで最初の人間である北京原人と同じ名前をもつ女性、スカーレット・ヨハンソン演じるルーシーが恋人にはめられて新型の麻薬を体内に詰め込まれ密輸させられることになったのだが、彼女を犯そうとした男の蹴りで薬物の包装が裂け、滲み出した薬物の効果で1%しか使えていなかった脳をそれ以上に使えるようになり、さらなる高みを目指そうと残りの薬物を探そうとするというものだった。

時空を超える量子コンピューターに自らが成るという発想はたとえば円城塔のSelf-Reference Engineであったように、すでに成功しうる素材ではあった。
普遍的な概念に近いコンピューターとして時間と空間でさえ情報として処理し改変すらできる存在。
円城塔作品ではさまざまな量子コンピューターが登場した。
少女型のホログラムであったり江戸っ子であったり自らをコンピューターにした天才博士だったり。
自分の脳を活性化させていくルーシーもならば同じ系列に入るだろうといえる。
しかしこの映画であっては、ぼくは入り込むことができなかった。
物語の前半で脳の活性率が10%を超えて痛みを超越した彼女は、互いに人が自らに害をこうむらないように設定した倫理や道徳を超えて善悪の区別なく自分にとって邪魔な人間は殺害するのだが、体内の薬物を摘出させるために医師が手術していた患者を射殺したところなどはその最たるもので興味深いシーンだった。
しかしその後さらに脳を活性化させていくうちに電波をジャックしたり髪の色や質を自在にかえたり、人を宙に浮かしたり、見えない壁をおいたりしてくると途端になんか違うと思ってしまうようになった。
100%になって地上の人々の闘争など関係なく昇華するのはまだよかったにしてもどうもその点で僕と物語の間にずれが生じてしまったように感じる。つまりそれが現実感の微妙さのあらわれなんだろう。

作者と観客との間には認識の差がある。
作者が自らの世界をもっているように観客もまた自分が知っている世界を作者の作品に適用してから咀嚼する。
あたかも料理を自分のお気に入りの皿に盛ってもらうように。
それが創作を、ただ自分が好きな様にすればいいだけではないということを教えてくれる。
リュック・ベッソンが良しとした部分が僕には納得できなかったのだ。
なぜ脳の活性率があがるだけで人は量子コンピュータへ「次第に」近づけるのだろう。
40%を越えた時点で物質を自在に操れるのならその時点で量子コンピューターを作れるのではないだろうか。
彼の理論ではあらゆる人間はルーシーのようになれる潜在能力を秘めていることになる。
それは人間だけが神の子どころかまだ成れていないだけで神そのものであるという意味にならないだろうか。

SFとファンタジーの面白いところはお互いに僕らの今現在もっている常識を越えた世界を描いているという点で共通しているのにもかかわらず、SFにファンタジー要素が出てくることやその逆を嫌う傾向がある。
しかし僕にとってはたとえば映画トランスフォーマーをSFと呼ぼうがファンタジーと呼ぼうが別にどうってことはない。
現実感があればそれですむからだ。

しかしそれにつけてもスカーレット・ヨハンソンの演技は上手だった。
次第に量子コンピュータに近づいてくる人間の無感動な真剣さをうまく表現していた。
そういえば邦画を見ていて感じる現実感とのずれはちょっとひどい。
演劇以上に間をもって話したり通り過ぎざまに背中を向けて話し合ったりとりあえず叫びあげたり。
そういった日本人が現実にしないようなことが溢れかえっているから正視にたえないときもある。
そもそも日本映画における駄作の場合は「間がある」のではなく「間が抜けている」といったほうが適当だ。
北野武の映画に「3-4X10月」という映画があってそのなかで北野武扮するヤクザとその舎弟が上の組の事務所を襲うまえに極楽鳥花が一面に咲くなかでそれを摘む台詞のないシーンがあるのだが、そういうのを「間」というのだと僕は思う。
つまり人が黙っていても何かを感じ考えているのかもしれない時間が「間」と呼ばれるべきであって、ただ次の台詞まで一拍空くのを「間」と呼んでもてはやすのはまちがっている。
そんなやつ現実にいたらちょっと頭の弱い人でしかないじゃないか。
そんな人の物語に入っていくのは大変じゃないか。
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