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虚構である小説について語るのに筒井康隆は決して外すことの出来ない偉大な存在なのに、彼の凄さが日本語以外ではほとんど伝わらないことに僕はとてももったいないような気持ちにさせられちゃう

この物語は精神科学と夢、研究者の俗物性などをテーマにしながらその大胆な虚構性によって一流のエンターテインメントとしても成立している点ですでに極めて優秀、そんじょそこらの小説がストロボの下のマッチの火みたいに霞んでしまう
物語の多くが起承転結の形をとるとするなら、筒井作品における長編はしばしば起承転滅といっていい筋書きをたどる

深層意識の現れである夢を映像化し診療するサイコセラピー理論の発明でノーベル賞候補と目される美女千葉敦子と巨漢の天才時田浩作
千葉はかつてサイコセラピーご禁制の時代に夢探偵パプリカとして社会の要人にたちに対して秘密裏に治療を行ってきた
ある日時田がなにげなく発明した携帯用無線PT機器DCミニにアクセス制御機構がなかったためにそれを悪用する副理事長派と千葉たちとの所内政治の争いが勃発しそこから事態は現実感の壁を悠々と超える大規模さに拡大されていく
他者の夢に干渉し精神攻撃を掛け合い次第に人々の現実に対する共通認識と夢の精神世界が混同されはじめ混沌を極め大団円へと収束する

物語の登場人物は基本的に極端だ
千葉敦子は異常に美しくそして性や恋に対してあっけらかんとしすぎていて、時田は肥満すぎるし子供っぽさも著しい
人々の行動は普段こそ理性的であるというのに感情が絡むと途端に常軌を逸してくる
しかし本人たちは大真面目でありドタバタを多く描いてきた筒井康隆だからこそできる芸当だろうが、よくあるエンターテインメントならたやすく現実を狩りだして敵を倒したりするが筒井作品なので、敵との対決の合間合間に現実がいかにも現実的なスケールではさまってくる
そして最後は禁断ともいえうべき夢オチのようにすらとれるが、夢と現実があまりに混交し、SF読者たちの科学考証にたえうるかわからない段階にきて、虚構であることの開き直りほどすばらしい終わりもないだろう
これほどの長編を2日程度で読んでしまったのは何年ぶりかわからない
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