上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
長編でしかも歴史に残るべき程度の名作となるともうどう評価していいのか手に負えない。
読後感がさまざまのものを飲み込んだ濁流のように押し寄せてきてやんでくれないからだ。
濁流にかかる橋の橋脚につかまりながらともかくもがんばってみる。
ドン・デリーロはアメリカを代表する作家だが日本での知名度は決して高いとはいえない。
彼の語り口は他に類を見ないほどかっこいいのにかっこ良すぎるために日本語へ変換しづらいのが原因かもしれない。

この作品はアメリカという巨大な多面体を真っ二つに切ってその内部を断層的に覗こうとした意欲作だ。

主人公は大学でヒトラー学を研究するドイツ語の話せない男性で、四人目の妻と暮らしている。
彼女は太り気味で毎日階段運動し、四六時中ジャージ姿でいる。
少なくとも下流とはいえない生活をし、情報が溢れかえる社会の中で彼は妻を強く愛しながら死をひどく恐れていた。
ある日、タンクローリーの横転によって流出した架空の風媒性の化学物質ナイオジンDに対して知らずに曝露されていた彼は化学防護服を着た団体によるパソコンを用いたデータベースによる診査で遠からぬ死を宣告される。
ふとしたことで妻が家族に隠れて飲んでいた薬物が出所不明の精神薬であることを突き止めると彼女を追求したがそこで彼は妻もまた死を恐れ、恐れを取り除く薬の治験者となりその薬を得るために製薬会社の男と寝たことを話す。
彼は激しく困惑するが二人して再出発しようと誓う。
しかし彼はそのダイラーという抗恐怖薬が欲しくなる。
大学の高分子化学教授からダイラーを売る男の詳細を知った彼は、その男を殺し、薬をありったけ手に入れる計画をたてる。
実際に出会ったその男はすでに薬漬けになっており妻を寝取ったことへの強い殺意にもまれながら彼はホワイトノイズを耳にする。
彼に二発打ち、自殺に見せかけようと銃を男の手に持たせると男は虚ろでもなお発砲し、弾丸は彼の手首を撃ちぬいた。
その痛みで男もまた生きようとする人間であることを悟った彼は、記憶障害を起こしている男に発砲の罪をかぶせながらも病院へ連れて行き自らも手当を受ける。
後日彼は六歳になってなお話し出さない息子が三輪車に乗って高速道路を無事横断したのを眼にしたとき、死の恐怖が霧消するのを知覚する。

あらすじだけでこんなにかかってしまった。
そもそも作品はアメリカ社会を象徴する事物のさまざまな描写であふれかえっていて、ブック1はそもそも筋というものが明確にないように思える。
しかしそのブック1および小説の全体像が描き出そうとしているものは小説の最後の一段落に集約されているのだが、それは扱いきれない情報の氾濫のなかで、なにも信じられないのに信じられるものを求める人間の姿だ。賞味期限や成分表示を仔細に読み込み安心を買おうとする。ぼくらにまず必要なのは愛でも食べ物でもなくタブロイド紙の三文記事だ。くだらない記事がでっちあげる万能栄養剤や癌の特効薬、肥満に効く薬、有名人と死者についてのゴシップ。

ソフィーの世界を呼んだ時、ゴルデル・ヨールスタインは、哲学や科学が一般にまで広く浸透したはずの現代では却ってスピリチュアリズムやスーパーナチュラリズムといった感じのオカルトなものが再興したと言っていた。
「有」にあふれすぎた現代において「無」へ帰すことへの恐怖は他の時代の比ではないだろう。
聞いた話だと日本人の99%は恐怖を覚える遺伝子をもっておりアメリカでも白人は78%が持っているという。
死を克服する最良の治療法は自分の手によって下す死そのものだと物語は言う。
兵士は敵を殺すとき自分の死を乗り越えると主人公の友人である教授マレーは語った。
生きるために殺さねばならない。
その状況が人に死を慣れさせる論理は無常観ともとれる。
生きようとする強い意思が良心をとびこえる。
この強すぎたリビドーが感情を麻痺させる状態をホワイトノイズが表す。
僕はどうも表題が作中の終盤で出てくる作品に出会うと感動してしまう。

物語はいつも不快感に満ちている。
実存主義的な自己存在への不快でなく他者への不快。
作中にはEerieとLoomingという語が頻繁に表れる。
主人公はことあるごとになにかを不気味に思い、不穏なものを予感する。
情報のなかで理性を保とうとすることに対し心身は疲弊し世界から距離をとりたがり離人的になってくる。
しかしそれらは最終的に救済の道を見つける。
無常と偶然性に満ちた世界の受容、それが彼を救った。
僕はこれが85年にかかれたという事実が信じられない。
たぶんこの本は僕の中で長く読み返し続ける本になるだろう。

Crowds came to form a shield against their own dying. To become a crowd is to keep out death. To break off the crowd is to risk death as an individual, to face dying alone. Crowds came for this reason above all others. These were there to be a crowd.

"These things happen to poor people who live in exposed areas. Society is set up in such a way that it's the poor and the uneducated who suffer the main impact of natural and man-made disasters. People in shanties get the hurricanes and tornados. I'm a college professor. Did you ever see a college professor rowing a boat down his own street in ore of those TV floods?

"To break the spell," I said. "To get away from routine things. Routine things can be deadly, Vern, carried to extremes. I have a friend who says that's why people take vacations. Not to relax or find excitement or see new places. To escape the death that exists in routine things."
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。