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三島由紀夫を象徴として世相を語りつくそうとした意欲作。
僕は世の三島作品愛読者たちと比べるとまったく読んでいない方なので自信はないんだけど、物語の作者はかなり三島由紀夫の思考をテーマを追っているように思えるが、あくまで三島由紀夫を追う私を強く意識しているように思われた。
左右対称的な相反する思考と、それをつなげる中庸的傍観者の構図は三島由紀夫による劇、「わが友ヒットラー」を思い出した。
あなたと称される三島好きの女学生、君と呼ばれる三島由紀夫の男子学生、平等にみつめようと試みる教授が主人公の位置をしめる。
君物語の方はまずネットによって生じる現在のデモを、その熱狂を認めつつも双方の解決的でない主張を否定し、信心がまがい物を真作へと高めるという理論による観点を通して三島に肉薄していく。
あなた物語は、紛争地域における被害者と加害者が混在するなかで、一応のところ利己的ではあっても平和を望む人々と触れるなかで日本とは違うアプローチで五族協和を目指そうとした、ボスニア・ヘルツェゴビナおよびその元大統領へ接近していくものの、彼、カラジッチが三島作品の愛読者だといううわさから追ったのに、かえって三島を見失い遠ざかる。

そして物語の最後には、対等に左右の二人を評価し処理しようとした教授を裏切って相反するはずの二人が再接近するも三島との決別を宣言し物語は終わった。

個人的にヘイトスピーチに対する姿勢は僕の気に入った。
ヘイトスピーチというものを頭ごなしに否定する小説家が多いし、なんだか2ちゃんねる嫌いの芸能人と同じ空気をぼくは感じてしまう。
まだ憤慨する個人として否定する作家はまだいいが、作品中で否定論を出す作家はどうかと思う。
物語は創造性よりも思想が先行してしまっては文芸である必要がない。
それこそネットでやればいい。
その点で三輪さんの処理は理想的だといえた。

また教授が極端に女子大生と二人でいることを、その結果スキャンダルになるのではと怯えているのは妙なリアリティがあって面白かった。
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