上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ニューヨーク三部作の二作目、やはり不条理な探偵小説

ホワイトから依頼されブラックの監視を頼まれたブルーは、未来のブルー夫人とのデートも断ってその仕事にうちこむが、ブラックの監視は一切の動きがなくつまらない。報告書を郵便で受け取っているはずのホワイトと接触しようとするが報告書を受け取った仮面の男は逃げ出す。寂しさのなかで未来のブルー夫人を求めるが連絡がつかなくなる。その後変装してブラックに接触するブルーだったがそこでブラックの話す超絶主義者についての話しにはついていけない。その帰りに他の男と歩く元未来のブルー夫人に合う。ある日ブラックは自分は自宅で在る男を関ししていて監視される男は自分のことを本に書いていて自分の実存を確かめるために自分を監視させているのだという。混乱したブルーはすべてをなげだす。自分の延長線上にいる人々に思いを馳せる。その後ブラックが自分の家をみつめているので彼の家へ入り込む。入るとブラックはホワイトと覚しき人物がつけていた仮面をして銃を向け、ブルーが死ななければならないことを告げる。的を得ない問答の末、ブラックを殺すブルー、かれはブラックが死のうとしていたことを知り、行方をくらます。第二の人生を歩もうとする。

不条理文学を読んで最初にわかることは「わからない」ということだ。点と点をつなぐ線があるべきことはわかるのに見えない。過剰に韜晦されている。不幸や損害に理由も原因もなくそれが主人公のせいであるように進行する。
記号化されたキャラクターはどうあがいても名前の時点で主体を失っている。
主体のない存在が主体のない存在を調査し、自分自身を追い詰めてしまう。
この小説は焦りに満ちている。筆記でしか主体性の浮かばれない世界。
言葉とその象徴性によってかろうじて呼吸する人間の性質をまざまざとうきぼりにさせる。

僕はガラスの街のほうがすきだった。
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。