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ポトスライムの花言葉は「永遠の富」
作家の文体はものごとの本質のうち、どの部分に眼を近づけていくのか、焦点を合わせるのかということから確率されるもの。
津村記久子の文体は精神疲労と精神疲労への恐れが底流を流れている。
三十付近の工場作業員の長瀬由紀子は自分をナガセと客観視しつつ働いている。工場に張ってあったポスターで世界一周の費用がちょうど自分の年収と同じであることを知った彼女はそのために一年貯金してみようと考えてみる。
大学時代から友人たちとは今も会うがナガセはどうしても友人のためにかかる費用を計算してしまう。
そのうちの一人は旦那に耐えかねて娘と二人ナガセと母の住む老朽化した家へ居候させてもらうようになる。あまり奔放でなく図鑑の大好きな娘恵那にナガセは、ずっと育てていたポトスライムの世話を任す。新たな生活の場を見つけ引っ越した親子にポトスライムを送り、ナガセは過労のためか倒れるほどの風邪をひく。病院では美人の女医に適当に診断される。
風邪から回復すると珍しくボーナスが出ていて、ついに目標の金額がたまった。会社へ資料請求に行き、その場で先輩の悩みを聞くためにお茶の約束をしたり課長に話題を提供したり親子へ贈り物をしようと思ったりしながら、新しく入るらしい自分と似たような境遇の大卒で入社した会社をなんらかで辞めた二十七歳の女性については思うことがあるが考えないようにしたとき、自分の身体が軽くなっているのに気がつく。

物語は無感動に無劇的に進んでいく。
中編のなかで一年がすぎるのだから、一年のうちの取り上げられるべきものごとが描かれているはずなのに、無感動で無劇的である日常。
その色のすくない音のすくない世界で、色をもち音を放っているのはポトスライムと恵那の二人だ。この二つに関連したシーンが色をもっている。色を持っていないのは年齢的にどうしても気になる結婚、結婚生活がうまくいっているせいであらゆることが無遠慮に感じられてつい距離を取ってしまう友人の一人、目標のための最大の敵である出費、自営業で自立している友人への精神的な依存など。それら今後も避けようもないものに押されていつしか風邪をひいて、回復とともに、自分が世界一周だって選択肢にあるのだという立場になれたことで精神的にも回復する、最小限の音で横への広がりで組み上げられる現代音楽のような小説。

我慢できないことの方が傷つかないのだ、ということはうすうすわかる。あとは運だ。そんな不確かなものの上に、人間の結婚は成り立っているのか、と考えると寒気がする。それと比べれば、自分がお金を貯めて世界一周クルージングをしたいだなんていうのは、信号が青から赤に変わるように確実なことだ。
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