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僕は不満のかたまりなので、子供を甘やかす母親を憎むと同時に、子供を見て喜んでやれない老人も悲しく思う。
赤子を見て僕らが笑顔になるのは赤子がかわいいということとは本質的に違う。
僕らの笑顔はまた生を享けた命を直接的に祝福しているのでもない。
生のすばらしさは赤子にはまだわかるはずもないからだ。
己が世界を生命をすばらしく思うことで、この世界への新たな来訪者を目にすることを通して喚起される存在することへの喜びが僕らの口元へ微笑みを与える。
だからこそ子供をどかせようとする旭日新聞投書家のインテリ気取り老人や
保育園を訴えようとする老人もかわいそうなんだと僕は考える。
半世紀以上かけてなお人生の素晴らしさを見つけられないおつむの悪さ、感受性の欠如がそうさせているのだから。
生を楽しい楽しいと思ってきた人間は当然のように生命の象徴を見ると楽しくなる。
子供を甘やかす母親は大概、無責任な父親とセットだ
不都合なことに目を向けないのは女性の一つの才能でもあるからいいにしても
同じことができる男性は、成功者にしろ敗者にしろ、責任というものから逃げる方法だけ考えて生きて来た結果だろう。
別に責任をとれとも言わないけれど、取らずにすめばいいものだから。
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