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携帯端末に人間は接続されている。
近所で有名な気の触れた男が、郵便受けを見ている彼女のそばを通りすがりに呟いた。
聞こえても居ない葉月はその懐かしい宛名を筆順まで探るように眺めた。台風が近づいて風は確かに凶暴さを音に秘めてはいたが、聖なる京都の盆地は台風に襲われることなどなかった。彼女は家に入った。
居間のテーブルに手紙を置いて葉月は座った。彼女は一日タオル生地のパジャマのままでいたし彼女の長い髪は思いおもいに広がっていた。となりの台所では父が今月三回目の肉じゃがのために具材を切る音が鳴っている。
常保持美沙夫というこの変わった名前の男は父の二つ前の転勤先の同級生のものだった。それはまだ葉月が長い髪を紺のブレザーに乗せていたころの名前だった。この男と葉月は交際していた。それが交際と呼べるものだったならば。
「ねえ、僕のこと、どう思う?」彼は何度も何度も尋ねた。
「知るわけないじゃんまだ付き合って三日なのに、脳漿のかわりに灰汁でも入ってんのー」と葉月は笑った。
無言のうちに十分がすぎた。
「ねえ、葉月ちゃん、キスしてもいい?」
「聞くの? なんで?」葉月は顔を真っ赤にして靴の爪先をこねくりまわした。
「それが、民主的だから?」
「じゃあ映画とかの唐突にするのとかああいうのはファシストのキスなの? 誰も口ひげも生やしてないのに」
「だって無許可にく、唇にく、くちびるを重ねるなんてことを、し、したら、男女同権をし、侵害していると思われて、田嶋陽子と上野千鶴子につ、吊るし上げられて性奴隷にさ、されてしまうじゃないか」彼の顔は真っ青で今にも恐怖に気絶しそうだった。
「それもそうね」そう答えながら葉月はなんて可哀想な人なのと彼に同情した。「あんな極端な主張の化け物に怯えなくたっていいじゃーん、人々の極端な主張を気にしてたら沖縄から某国本土まで飛べちゃう輸送機は作れないしタ○リは天○陛下のものまねができないし、飛行機に持ち込んだ食べ物は被爆したことになるし、福○県は産地をごまかして県外に食品をながせないし、昔ファミコンのソフトになった某都知事は某国にすりよれないし一社として読める新聞がないし」
「そ、そう?」彼は顔を持ち上げた、潤んだ眼は希望に輝いている。「つ、つまり、唐突にディープキスする映画があれば唐突にそっと口付ければいいし、蛍光灯のもとに女体をさらす日記の鍵を目立つところに置く男がいれば豆電球にすればいいし、女から誘ったせいで恵比寿が産まれたら最初から男から誘えばいいし、女を突いてから持ち上げてぐりんぐりん回して自分も男のものを口に突っ込まれて割れたガラスの色を限りなく透明にちかい……」
「キモい!」そう叫んで葉月は逃げ出した。あれが初めての恋人だった。
 そしてこの手紙。なかなかに分厚かった。葉月は指でぐっと押して透けて見える字を読もうとした。
『あらゆる主張も神の名の下に許されるのです』と読めたので葉月はそれをゴミ箱へ捨てた。
夕食が出来上がった。父にしては上等な出来だったので「なにこれまずいじゃーん」と葉月は褒めておいた。食べ終わって、冷えかけたもう一膳を盆に乗せて奥の間へ持っていった。襖の手前へ置いたとき、ほんのりと開いていたのでしめようとした。ふすまの淵に触れようとしたその手は掴まれた。白い爪の伸びた女の手。
「ごめんなさいお母さん」
「誰からの手紙?」
「ごめんなさいお母さん」
「あんたが幸せになることは許さないから」
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