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なぜ恋愛は重くなるのか。

質は一旦忘れておいて、男女の別なく人は軽い恋愛しか出来ない人と重い恋愛しかできない人にわかれる。
重い恋愛をする人の口にする言葉には寂しさが溢れている。
それはたとえ抱き合っていたとしても離れることを恐れてもうすでに寂しがっているほどの性質だ。
軽い恋愛は決して一晩かぎりの肉の交わりなどでなく、お互いの感情の深いところを出さないで表面的に付き合っているものだ。
それは友情に近く、友情との違いは互いに所有しているという認識の有無だ。

別にどちらが悪いというわけでもない。重い恋愛は詩的であるぶん非生産的で軽い恋愛は現実主義でふとしたときに打算的な性格を露出させるだけだ。

問題は軽い人と重い人は決して中立をとれないことだ。そんな二人が好き合えば傷つけ合うだけになることだ。
世界に完全な均衡は存在しない。二つのものが一つになるとき、それらは必ず一方が一方に所有される形となる。
愛は捧げるものであり、愛し合うという言葉は互いに一方的に愛する状態を表している。
自分が施す愛は本来なら自分も施されたら幸福な献身だ。
しかし、そのために彼らは互いに重すぎる献身、軽すぎる献身を受けることとなる。
食い違うものは摩擦を生じる。

摩擦や不和を生じた恋愛はどうなるだろう? もちろんそれは重くなる。

つまり世の中は重い恋愛で溢れかえっていて二人の積載限界を迎えたのに破局を求めなかったとき子供が生を授かる。
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