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感情に任せれば任せるほど言うことは陳腐になる
そうだとしても黙っていては損ばかり

他人の言葉でイラっと来るものは誰にでもあると思います。
たとえば「私かわいくないからー」「そんなことないよー」っていう大阪人の「儲かりまっか」「ぼちぼちでんな」レベルの意味の無い常套句の応酬。
たとえばブログの絶対そんなテンションで書いてないでしょうと思う顔文字( ̄◇ ̄;)
EnglishにできるwordだけEnglishにしてるGrobal気取り
句読点の変わりにー長音符こと伸ばし棒を使っちゃうひとー
読みやすいか気にせんとぎょうさん方言つかわはるお国自慢のお強い文章

人の口調は気になり出せばきりがない
なんといいますかー、女性の方にー、多いのがー、こういったー、考える前にー、話し始めながらー、なんとかー、頭良さげにー、見せようとー、とぎれとぎれのー、のびのびにー、なってる口調ですねー、はいー。

ぶっちゃけっ、男だったらっ、特に、なんていうか若いの? マジでっ体育会系って感じでっ、すごいはきはきしてるけどっ修飾語が曖昧でっ語尾にっ「なんすよ」って、つけたらっ、どうにかなるっしょって感じのっ、なんか多いんすよ、マジで。

そもそも人のなんとなく耳障りの悪い言葉などは面と向って聞いているうちはまだ耐えられる。
でも隣の席や列の後ろから聞こえて来るのは本来の目的から気を散らされてしまってうざい。
自分がうっかり他人と話してる時にそういった忌み嫌ってる口調を使ってしまった日には、ああ僕の隣の人は僕の言葉のせいで気を散らされてしまったのかと申し訳なくなってしまう。

声が大きい人は声の大きさで人をつぐませて人生を乗り越えて来たんだろうと勝手に想像してしまう。

食通は食道楽に通じて長い人のことであって、本来なら一人で楽しむものだと思う。風情は筆舌に尽くせても味覚はそうでなく感想の羅列でしかないのだから、人に尋ねられる前からするものではないだろう。結局、ひとりで食べるのが寂しいのに孤独から抜け出す努力をしないからブログで「小鉢には〇〇、憎いね〜大将」とか直接言ってやれよってことをネットに書いて満足してるんじゃないかと、思う。
「と、思う。」はすごくうざい間の置き方だと、思う。
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