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女は<あなたの子が欲しい>と言う。けれど本当は女は<子が欲しい>のだから、<あなたの子よ>と責任を押し付けるのは間違っている。
干刈あがた 「樹下の家族」

僕は女じゃないので細かくはわからないけれど女性が赤子を見たときの脊髄反射的裏声<かわい〜!>を聞いていると本当にそのように感じる。

それに対して男はいっそのこと<はらませたい>と思う。けれど本当はただ<はらませたい>というのにその感情を口にも顔にも出さない。顔には出ているのかもしれないけれど、そういう顔ばかりはやたらに勘の鋭い女でさえも気づかないようだ。

本心の差、そういったものが本質的に夫婦という経年するごとに潤いを与えがたくなっていく関係をより速く干上がらせ亀裂を走らせてしまう。

本音と建前とあるが、そこまでの親密な仲にも礼儀ありと自分の下衆な部分だけは隠しているのも、腐肉を綺麗にプレゼント包みすればなんとかなると考えているのと同じなのではないかと思う。

しかしいわゆる女性はどうしてあそこまで建前が好きなんでしょうか。ガールズトークを勝手に拝聴していると外交官かと思う時がしばしばある。

建前のポジティブな面を取り上げれば、自分の本音で相手を傷つけてしまったらという恐れからの配慮もありえる。恋人が得意げに作った料理がまずかったり、鼻毛が出ていたり、背後に落ち武者がうっすらと見えていたり、正直に言ったら傷つけちゃうかも。それはとても健全な考えだ。

本音で話す世界が来れば言いという連中に、ブスが居たらおまえはブスだ!と言いたいだけの馬鹿がいるから困る。そんなの相手は百も承知なんだから。もし承知していなかったらそれを蝶よ花よと育てた親を訴えるよう示唆してやる方がいい。

相手の尊厳を傷つけない程度に本音を言うことで人間の魅力は他人に伝わるんじゃないかと僕は思う。といっても僕自身いろいろと本音の加減を間違って人を怒らせたり傷つけてしまったことは何度もあるし、寝る時に思い出して枕に頭部をうずめて脚をばたばたさせたりもする。

そういう経験の繰り返しでどんどん性格がずれて来るというか、よそ向きの顔が変わって来る。久々の友達などに会えば彼と仲良かったその頃はまだまだ建前で生きていたので今のように話して大丈夫だろうか、というかそもそも昔の話し方を忘れたとなってしまって気まずくなる。それはそれでかまわない。于武陵の詩を井伏鱒二が訳したなかに<サヨナラダケガジンセイダ>という名句がある。過去の人付き合いも過去の人付き合いをしていた自分もさよならしていって失うものを追わないまで、失うことを恐れてはさらなる喪失に繋がりうるばかりだと思う。
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