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 地元での誇りが現地での恥になるとは、とつぶやく人々の群れに葉月は長く気がつかなかった。
カーキ色のルーズシャツにデニムのショートパンツを合わせて、真っ白なハイカットのスニーカーを履いて五条坂を登る葉月は、先のほうだけくせづけた黒く長い髪を揺らしながら、うっすら肌に汗をにじませてペットボトルの水を片手にずんずん歩いて行った。ふと覚えた空腹を西尾八つ橋の試食で満たそうと思いついたのだった。
 大学のためにここへ来た葉月が程なく知ったことだが京都の人間はよそ者が嫌いだった。私京都が大好きなんですと言う女など、京都の何を知っているのだと憤るが、実のところ京都生まれの人間も、訪れた仏閣の数は他県の者とあまり変わらないこともしばしばあった。ことさらに清水坂は、両端からひしめく店の者以外まず京都の者はいないと見なされる場所で、他県からの友人を案内しているような人々が口々に「清水に来るんなんかめっちゃ久しぶりやわまず来いひんもん京都のもんは」という声が聞かれた。
 ついに西尾の丸瓦の連なるもと男性店員の若葉色、女性店員の橙色のエプロンの主が、お一ついかがですかと試食を促す声が葉月にまで届いて、もう口に広がる肉桂の香りを想像して、ああまずお茶で一息つこうとお盆に乗せられた茶碗に手を伸ばしたものの、それを掴むすんでに消えて葉月の手は虚空を掴んだ。なにを! きっと顔を上げて睨んでやろうとした葉月は途端にぱっと赤らめた。それは正木だった。
「正木こんなところで働いてたっけ?」
「中学ん時の友達がここで働いててんけど風邪ひいたらしくて変わったってん」
 二人は店の前でみたらしをほおばりながら過ぎ行く人々を眺めていた。
「地元主張ってほんとうざいよねー」と葉月はまだ顔をあからめがちなままに言った。
「そやろか、俺はずっとここ居てるからわからんわ」
「わかるってーいるじゃん地元での経歴を現地で振り回すひと。前の学校では悪かったっていう根暗とか、高校のころはモテてた今はモテない人とか」
「それは嘘ついてるだけなんちゃうか?」
「地元を愛しすぎてる人もいるよねー地元でのエピソードしか話のネタの無い人とか、会うたびに自分の地元へ来たら絶対好きになるって言う奴とかー」
「でも仕方ないんちゃう? やっぱ自分が育ったとこは自分の感性の起源やで。それが定規なんやから新しい場所来たらどうしても比べてまうねんて」
「じゃあこれは?」と葉月は群衆の中の京都人たちを指差した。
「これは誇りなんやろ、こんだけ日本中から人が訪れるとこに自分は住んでるんやっていう」
「自分が有名人と知り合いだから自分も有名人気取りの人みたいだね」
「でも土地と人はやっぱちょっとちゃうんちゃう?」
「逆に私が居た東京じゃ自分の地元を隠す人が多かったよー、関西人は別として」
「なんで?」
「田舎者って馬鹿にされるのが嫌みたいー。田舎なら田舎で堂々としてたらいいのに変な劣等感持つから地方って言葉を代わりに使いたがるよねー1ch(TV)の人には一切同情しないけどー」
「そやけど葉月がここ来たんって大学のためやった言うてもここ来たん小学校ときやろ?」
「そうだよー」
「そやのに関西弁ぜんぜんつかんなあ。俺が何回教えてもうまならへんし」
 葉月はぱっと顔をあからめながら「なんでやろうなー」と言ったがそれはなんともひどい高低緩急のことごとく逆さだった。正木は多いに笑って危うく喉をつまらせかけた。その背中をあわてて葉月がとんとん叩いた。なんとかすっきりして涙の滲んだ眼を拭きながら正木が「それでも葉月は俺の地元の友達やで」
 自分は彼の単なる友達と思っていた正木が、自分の地元の友達だと思いなおすと、それまでとはまるで違った人物としていいかけるものを葉月は覚えた。つたない言葉では、その時の心のふくらみを表せないが、京都を坂から眺めている正木を、隣から見つめていると、卒業後どうなろうとも、この街から何千キロも離れてしまったとしても、この土地によって結びついているなら安心だというような喜びに、いつのまにか葉月は涙ぐんでしまった。友達というものは強くしあうものとしたら、それまで正木に対して、不様なくらい無意味な焦りを覚えて来たのは、自分が彼を愛したいと思ったからであるが、その強くしあうものである関係を、終わりなきものへしたいと、一途になっていたからだろう、それが今報われた、お互いに強くしあうものでなく、京都という時間の混濁した都市の中に、座標的に結ばれて学業の終わりが来ても終わりの来ない間になったとはっきり鳴っとくできたからだろうか、とブログに書いておこうと葉月は考えた。
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