上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 美幸にとって多久の前で赤裸裸になることは決して初めてのことではなかったが、いつも誰か違う人間とのことであるような気がする。しかし美幸はそれこそが多久の魅力であると考えていた。
 多久はトイレから戻って来る傍ら、投げ出された鞄から煙草を取り出して火をつけるとベッドへ潜り込みながら煙を吐いた。多久は煙草を吸っていたっけ?
「僕は自分がその最中にどうかはしらないけど口が開いたままの人は馬鹿にみえる」と多久は言った。
「そんなの女の人なら任せっきりの人じゃないかぎりみんな開いてるじゃない」美幸は多久の方を向いて枕しながら言った。
「そりゃね」
「でも確かに口が開きっぱなしの人は馬鹿っぽいね」
 美幸がそうやって連想されるように思い出したのは彼女の中学時代の数学教師、中川先生だった。彼はすべての些細なことに怒っていた。自分の思うように人が動かなければ怒るまさに子供っぽい教師だった。そして怒っている人がそうであるように、彼の口は開いていた。口が開いているから馬鹿に見えたし口が渇くのか臭かった。それがよりいっそう彼を馬鹿に見させた。あるいは本当に怒っているうちに湧かし続けた鍋から水が無くなるように知力も蒸発したかもしれなかった。
「バカガイの語源と目されているうちの一つは足をつねに隙間から見せているのが馬鹿っぽいからってあるぐらいだからな」
「でもどうして口が開いてると馬鹿に見えるのかな」美幸はもう眠りたがってもぞもぞと脚の位置を決めあぐねながら会話を繋いだ。
「古代ギリシアだかは彫刻とか見てもわかるけど頭が一番大きくてあごが一番小さい逆三角が美人とか賢者の象徴で頭よりもあごのほうへかけて大きくなっていくのは猿っぽいと馬鹿にしてたようだぜ」
「それと口が開いてるの関係あるの?」
「だってあごが重そうな方が口を閉じてられなさそうだし」
 美幸の返事はもはや返事なのかただ唸っているのかわからなくなっていた。
「猿とかも口を閉じてなさそうじゃないか」
「そう……閉じてると思う」
「猿が開いてるなら猿みたいに見えるから口を閉じろってことだし、猿が閉じてるなら猿でも閉じてるんだからおまえも閉じろって話だよね」
「ねえもう寝るよ?」
「うんおやすみ」
「おやすみ」
 寝顔が賢そうな人間はいない。人生の四分の一を費やすその行為自体が少し間抜けだからか、寝顔はその間抜けさが強いほど愛おしさはひときわで、そんな彼女の眠りの深くなっていく顔を見て平穏だなと思った時、多久は馬鹿であることも平穏そのものだからこそありえるのかと考えた。
 夜はしんしんと降り積もっていった。
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。