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 椎葉の恋人は今週また新しくなった。アイドルをしているそうだ。といっても知名度の無いアイドルらしく、美幸は矛盾していないかと気になった。そして知名度の低い割に周囲の眼を気にして曇天に大きな帽子と眼鏡をしているのも気になった。
「自分だってばれないようにだってよ」と椎葉が言う。アイドルは椎葉の背後で頷いた。
「そう」と美幸は言う。
「自分からすすんで男達がそれぞれに自分のことを思いながらほとばしらせた精液に観念的に毎日まみれてるようなものだから出歩くときも恥ずかしくてしかたがないんだよ」
 七条通りの甘味処で三人、特大のわらび餅をつついていた。
「そもそもどうしてアイドルになりたかったの。私はなりたいって思ったことない」
「ステージで観客の歓声のなか歌って踊りたかったんだろ」
「誰からも有名になりたい?」
「過剰な欲求だ。誰であってもすべての人からなるべく好かれたいが、こういう人種はすべての人間から憧れられる存在であることを願っている。上位承認欲求の化け物だ。私がおまえよりも優れていることを認めろと絶えず要求しつつ表面上はそんなことはないと善人を繕っている」アイドルは口を開こうとするが「喋るな」と椎葉に遮られた。
「どうしてそこまで人に認められたいの」
「極度のナルシシズムによって飛躍された競争意識だろ。自分自身に優越者としてのペルソナを被せて脱げなくなった人間の末路だ。自身を美化するために他者を貶し利用する。自身を受容しない他者には敵意を払うものの他者それ自体には興味がない。他者を受け入れることができずに他者と対等な関係を持てない結果として自分がそこまでの存在でないのに関わらずこうやって変装し自己欺瞞のうちに外見に頼った結果の脆弱なアイデンティティをなんとかかばっている」
「あっそう」美幸はどうでも良さそうにわらび餅の黒蜜がかかった方ときなこの振りかけられた方の交互に楊枝を動かしている。これは美幸への会話を通して恋人に行っているプレイに過ぎなかった。
「でもファンがいるんでしょ」
「誰でも自分を自分の魅力以上に思われたいものだけど、逆にそうやってその人をその人の魅力以上に、つまり過剰承認している存在」
「ファンでいいよ」
 椎葉は笑う。柳を揺らす春風のようにさわやかな顔をしたこの好青年のどこにどうやってこれほどの露悪な刺々しさが眠っているのだろうか。彼はまだわらび餅に手をつけていない。自分だけ注文した抹茶を時折すすり和三盆の干菓子を舐めた。
「誰でも自分のなかに見ていて飽きない情景を持ってる」
「うん」
「それらは秘密の花園に近いもので、自分は眺めるだけでそこへ入ることは許されない。もちろん入りたい欲望はあるんだが」
 美幸は両端から崩されたせいでバランスを失ったわらび餅がうまく切れず悪戦苦闘している。
「たとえば男性アイドルグループなんかは方針として学校の男子グループ的な雰囲気を商業的にからめている。俺には全くどうして人がアイドルを必要とするのか本当には理解できないだろうが多くは息抜きからだ」椎葉は抹茶をすする。どうも彼には「俺」が似合わないと美幸は思う。椎葉は続けた「誰だって自分の好きなものを眺めれば癒される。人の心は何度も癒されるうちに根源的な横着さで心の方から変質してゆき、その癒しがなくなれば支えを失って崩れそうになってくるようになる。依存が強くなる。いつのまにかその癒しが心の救いにすらなってくるとすれば、アイドルがこうもアイドルの語義を失うほどに氾濫し、一般人よりも内面は全員がそうだが外面的にも劣るほどに溢れているのは明確な宗教的土壌がない日本の最も金儲け向きな宗教だからだろう」
「そう」
 椎葉がついにわらび餅を食べないまま三人は席を立ち会計はすべてアイドルが払った。三人は道へ出る。美幸と椎葉の背後にアイドルがついてくる。
「そういえば椎葉君は最近はバイトしてないの」
「してないな」
「そう、じゃあ大学ない日はいつもなにしてるの」
「こいつといるよ」
 二人はアイドルの方へ振り向いた。会話の聞こえていなかったアイドルは急に振り返られて驚いて立ち止まりながら大きな昆虫のサングラスでよく見えないが少し笑った。
 二人はまた歩き出す。
「でも彼女だって仕事あるでしょ」
「そんなに売れてないから別に」
「そう。彼女思いなのね」
「愛だからな」
「愛?」
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