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 醜女が己の価値を高く見積もるのは、美女と違い中古となってはもはやどれだけ安くしても誰も買わないからである。云々と書かれたチラシを丸めて捨てた美幸はこたつに入りまんじりともせず昼食はどうしようかと考えていた。簡潔すぎるのは嫌だが手の込んだものを作る気はただ一人で食べるというのに起こる訳がなく、もはや昼をすぎても思いつけずにいたがそのまったく思いつかないうちにチャイムがなりドアを開けるとそこには気まずそうに立つ真弓がいた。真弓は小柄なちょこちょこと動き回る体にあったこぢんまりとした格好に眉を隠す前髪が彼女の大きな好奇心そのもののような眼をよりいっそう大きく見せている。
「来ちゃった」と真弓はもじもじとして照れがちに伏目から美幸を見つめ上げる。
「そう」と美幸は引き返しこたつに戻り頭を突っ伏すとまた思案を続行した。その背後を真弓がちょこちょことついてきて彼女の隣に入ろうとする。
「近くない?」と美幸が真弓の眼を見て尋ねると真弓は眼を申し訳ない感情そのもののように下げ、
「そうだよね」と言い側面へとまわった。
 沈黙が時間を延長させる。
「ねえ何考えてるの?」と真弓は意を決して尋ねたが美幸は返事をしなかった。しかしなにか話をしなければと思って大きな眼を右上に持ち上げた。
「あのね、このまえさ、夜中お腹が減っちゃって、コンビニに行ってさ、何か食べるもの買おうと思ったんだ、それでね、おにぎりって気分でもないし、パンも別に食べたいわけじゃないし、じゃあどうしようかな、甘いお菓子は好きじゃないんだよね、私、以外でしょ? それでさ、そうだ、カップ麺を食べようって思いついてさ、食べよう食べようとそっちの棚へ回って手に取ったけどなんか変な気がしたの。だってさ、カップ麺とか言うのにカップらしさ無いじゃん。だから食べなかったの。」と言い終わると真弓は一人嬉しそうに笑って笑ってばかりいた。
「あーおかしい」と言って涙まで手を猫のようにして拭いていたが、
「今私さ、お昼ご飯なににしようか考えてるんだけど邪魔しないでね」と美幸に言われるとぴたっと笑うのを辞め、徐々にしょんぼりと沈み込んでいった。
「極端だよね」と美幸が言うと、
「だって」ともはや泣き声で言う。
美幸が「じゃあ真弓も考えてよ」と言うと喜んで探偵の思案するような大袈裟な動きで考え始めた。
「天ぷらのお茶漬けとかどうかな? どんな天ぷらでもいいけど、少し火で炙ってさ、ご飯に盛りつけてお茶をかけるの、でちょっと生醤油とかをかけたり塩振ったりするの、魯山人とかいう人が言ってたよ」とぴんと跳ねたように思いついて言う。
「揚げ物とかめんどくさい」
 美幸は突っ伏したままの頭をごろごろさせて彼女の美しい髪を戯れている。
「それはよくないよ、低級な人は低級な味を好み、低級な料理と交わって安堵し、また低級な料理をつくる。って魯山人っておっさんが言ってたよ」
「誰なのその人、神経細そう」
「陶芸家だよ」
「ふーん」
「タニシを食べて死んだんだって」
「ていうかタニシって食べられるの?」
「木の芽味噌で和えたり、塗ったのを炙ったり、煮付けにしたりするよ、みそ汁にもするし」
「そんなの食べたくない!」美幸はうめくと「真弓何か作って」と言った。
美幸は腹が減ったときばかり冷静さを欠くがこの時も度を失って何が食べたいかが思いつかず、そもそもなぜ食べなければならないのか、一人で食べる虚しさは真弓が来た事で補われたが、元来人は欲求を一人で満たすことに虚しさを覚える。真弓は思っても見なかったあの美幸からの願いに喜んでさっと台所へ立つと冷蔵庫を確かめはじめた。

「真弓はどうしてそう料理について詳しいの?」美幸は尋ねた。
「あのね、親がね、あ、私の親ね、がろくでもなかったの。見た目は地味で幸薄そうでぱっとしないの」
「親に対してぼろくそね」
「だってそうだからね、それでね、自分に自信が全然なかったみたいで、だけどさ、世の中に絶世の美女なんてまずいないみたいにさ、絶世のブ女もあんまりいないしさ」
「ぶじょ……」
「彼女に惚れた男の人が出て来て、そして結婚したの、それが信じられないことだったみたいでさ、それでしかも妊娠もして、もう信じられなかったわけ、この私がこんな女の幸せを手に入れることができたなんてって。それでその自分が幸せを手に入れた事実を自分自身で噛み締めるだけじゃ足りなくて、大きなお腹でお父さんと手をつないでこれ見よがしに街を歩いて電車で優先座席を、脚を骨折してた青年から奪ったり、私が産まれてからもベビーカーをずんずんと押回して首の座ってない私を印籠みたいに右に左に振り回してたんだけど、年をとるにつれて自分が幸せを掴んでいることを他人がうらやんでくれないことにやっきになって、自分の手に入れた女性なら誰しも手に入れる幸せを自分だけが掴んだ幸せと勘違いしだして、独身を貫く女性を嘲笑ったりして、いつしか幸せを掴んでいる私は誰よりも優れていると思いはじめて知らないことを知ったかぶって、暇な時はテレビに向って映るものすべてに悪態をつくようになってさ」
「うん」美幸はどうでもよさそうにこたつに自ら飲み込まれてゆく。
「だけど料理がどうしようもなく下手だったの、料理をしはじめたのが他人を見下すようになってからだから、レシピを信用しなくて作った事も無い料理に自己流のアレンジを加えてミンチの黒焼きのいちごムース添えをハンバーグだと言って、まずいって言うとヒステリーを起こして二度と作らないって叫ぶの。だから四歳の頃から自分で作ってるうちにうまくなったんだ」
「ふーん、最後の方適当だったね」
「まあね」と笑いながらいつのまにか割烹着に着替えていた真弓が下駄に乗せられた二十貫ばかりの握り寿司をおいた。もはや日がかたむきかけた午後も近い帰り際の子供達はしゃぐ声が遠く窓の隙間をくぐってくるなか、二人の女がこたつで向かい合いながらにぎり寿司を男前につまんで食べている。真弓が嬉しそうに美幸が黒睦の握りを湯引きされた皮目の舌触りとよく乗った脂のなめらかで長く引く甘みを堪能しているのを眺める中、当の美幸は我が家の冷蔵庫のどこにこんなに多くの魚があったのか考えていた。
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