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aikoの「かばん」とかいう曲の
いわゆるサビの部分を書き写したものが
システム手帳を整理していたら出て来た

今も若い僕がさらに若かったころ
細胞と細胞の隙間から若さ汁が溢れ出てやまなかったころ
恋をしているという事実に恋をしていた恋人からもらったものだ
ルーズリーフの上っ端を丁寧に何度も折り返してから
両端を手でひっぱって切ったような破かれ方をしている
紙の上限下限、左からも右からも、律儀に一センチほど空白がある

だけど僕はこれを貰って一体どうしたらよかったんだろう
懐かしい気持ちと同時にそう思う
彼女は今いったいどういう生活をしているんだろう
大学生活に憧れて高校の卒業前から少し染めていたようだけど
はっちゃけるということのできない子だったから
そういうものに憧れながらちゃらちゃらしたものは軽蔑していたから
この紙切れにしても自分の気持ちを寄せるのに他人の言葉を借りるぐらいだから

どうなんだろうね

僕は彼女と別れて以来、それまで興味もなかったのに
aikoがすっかり、嫌いになってしまった
なんだこの女心すなわち恋のような歌詞は
これなら男に恋している気持ちさえあればいいんだから
すべての女は概念的な男性を愛して
すべての男性は女性を捨てて神のようにでもなればいい

まあ冗談はさておいて
実際のところ恋をして満足な女性は多いように思う
どうしたことか彼女達は
たとえば近所を散歩していてふと綺麗な猫を見つけた時に
綺麗な猫を見つけた自分に満足してしまうのである
綺麗な猫と仲良くなろうとはしない
というのも仲良くなろうと近づいて逃げられるのが怖いからだ
恥ずかしいからだ
傷つきたくないからだ

人を好きになることは自己犠牲だ
つまりそういう人たちは犠牲はもうぜったいに払いたくないようで
恋をしている自分を好きになっているのを端から見られて
痛々しく思われるという犠牲を払ってることには気づいていないのだ

「知らなくたっていい」という逃げ口上を使って
「本当は知って欲しい」という想いにいれられる「じゃあ知らせろよ」というツッコミを逃れようとしている

それでいいのか?
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