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 僕は物心のつく以前から父によってレディー・ファーストを仕込まれた。そのために僕はきづかないままにそれを行っていた。いくつかの人は僕を優しい人だと言い、いくつかの人は僕を不気味なやつだと言い、いくつかの人は僕のその無意識の部分に恋をして多くの人は僕と同じようにきづかないままにそれを受け取った。
 少々年を重ねて、僕はやっと自分のレディー・ファーストに疑問をもった。これが本当に優しい行為なのかわからなくなっていた。女性を男女という二大の性別の片方として尊重するからこその概念だろうけど、僕はどうしてそれがすなわち優先につながるのか理解できなかった。重んじることは奉ることではないからだ。子供を優先するのはこちらが老いていればそれを理解できる。進化している人類のなかで僕の昇れなかった以上の高みにその子供が昇りうるし、昇らなければならないから。迷った末に僕は女性をか弱いと思えば、たとえば脚を怪我している男性に気遣うように気遣うことにした。それをしばらく実践して、僕のことを優しいという女性は減った。
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