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なぜ大概の人間は自分の性別について話をするときまるで自分がその性別についての権威であるかのように話すのだろう?
僕が男性として人生を送るのはまだ一回目だ。おそらくあなたもそうだろう。
人生のプロなんていないのに、まるで自分だけはそうであるかのような発言をする人は痛々しい

痛々しいつながりで言えば、あまり賢そうでない格好で実際賢くない人間は
実のところ見た目だけは取り繕っている馬鹿より清々しくて疲れない
世の中には無難な格好をしていればいいと考えている人間がいる
馬鹿にさえ見られなければいい、と考えて何が自分に似合うかを考えもしない

無難な服装を選ぶ人間には、洗練さが足りない。

後さ、本読みたいけど時間がないんだよねとか言う奴はどうせ今死んでも誕生後の経過年数以外なにもかも一緒なんだからもう墓石の中にでも入ってろと思う
私はただ生存してるだけで働いて胃に食物を詰め込んで栄養を濾過し排泄して眼を閉じ脳を休憩させての毎日をあと十万回以上繰り返すつもりでそれだけで精一杯ですと宣言してるのと一緒だ。
ウィキペディア風に書いたら
 山田太郎(1984年〜2064年)日本の男性。生存した。
 って一文だけってことだ。実際誰が生きても本来ならその一文程度だが、やはり抗いは必要だろう。百三十億年のがあって八十年のがただあるだけでまた百三十億年のへ帰着するだけでいいのか。そうとわかっているけど何かをしてこその人生のおもむきだろう?
ちなみにワーキングホリデーという生物は他国へ行き、そこでただ生活するということに目標がある点からワーキングホリデーにならなかった人よりもタチが悪い。人間誰でも生活しているというのに、この国で生活している私は日本の人たちよりもいい生活をしてると思い込んでいるからなおさらタチが悪い。だがこの真実を言うと嫌われるのだ。つまり、彼らは真実から眼をつぶっていながら良い生活をしているらしい。アイマスクをしたまま生活して不便ではないのかしら、と僕は思うけど、別に僕は優しくないからアイマスクの外し方なんて教えない。そもそも自分でアイマスクも外せないような人はだめだと思う。
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