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「あ、その人知ってる! 中山味穂の旦那でしょ?」
 そんな声が店内のどこかから聞こえてきたかと思うともうかき消されている。
 夕方のファミリーレストラン。ごった返した生存行為の中で美幸は一人町並みを眺めていた。
 ウォーターウェイウォーターというそのファミレスにしかないミネラルウォーターを飲む。味はいたって平凡だ。夏が本領を発揮したような昼間に汗ばんでから飲むちりちりに冷えたビールがスーパー・コンピューターだとしたら、これは指で計算するくらい平凡だ。
「ごめん遅くなって」そう謝りながらやってきた由比は、美幸の反対側の席に座るなり頭をテーブルに突っ伏してため息をついた。由比の黒くつややかに長い髪がこぼれた。「死にたい」
「どうしたの。いつもどおり暗いよ」美幸はまったく見向きもせずに人通りを眺めている。
「うん。さっきね、『脳がマッチョに脳筋エクササイズ』ってデーエスのソフト買ってやってみたの」
「あー、あの昨日の晩ご飯が覚えてるかどうかってやつ?」
「そうそう! なんでそんなくだらないこと覚えてる方がさ、脳が若いってことになるの? わけわかんない。そんなどうでもいいもの気になるのなんて年取ってからじゃん? 元カレの好物を思い出せますかの方がまだしっくりくるって感じ! ていうかあーいま元カレの好物思い出しちゃった。最悪最悪最悪。あいつ大型ショッピングモールのアイスクリーム屋で頼むアイスに乗ってるような細いカラフルなトッピングが好きでいつも持ち歩いてなんかあると手のひらに山盛りのせてほおばるんだよ! そのたびに地面にそれがパラパラってこぼれてさあああああ死にたい……」由比は顔を持ち上げて言い切ると再び突っ伏しぐりぐりおでこをこすりつけた。
「すみませんチョコパフェ二つ」と通りがかったウェイトレスに注文してから美幸は由比の方を向いた。「でもさ、そういうのに気づいたら脳からご褒美が貰えるんでしょ?」
「……ハア?体験でしょ。脳にご褒美なんか与えて何になるっての。普段から全然使ってないのにさそれでちょっとなんか頭使っただけでご褒美なんかあげたらただのバカになっちゃうじゃんんなあああ思い出した昔の彼氏でちょっと近くのコンビニまで歩いてっただけで運動したから自分へのご褒美ってポテトチップス食ってたデブをおおおお」
「別になんだっていいけどさ」美幸は自分の髪をつまんで眺めて「ご褒美はないよりあった方がいいじゃん。貰えるものは貰った方がいいと思うな私は。いくら自分の好きな音楽やってるから満足だからってついでにお金を貰えたりデビューさせて貰えたほうがいいじゃん。もうティッシュはもってるけど貰えるなら貰っとけばいいし。ないよりはいいじゃん」
「でも、飽食は神の火で燃やされるんだぞ、ソドムとゴモラみたいに。一度神父さんとつきあってたけど私とつきあったせいで焼き」
「こちらチョコパフェになります」とウェイトレスが割り込んでチョコパフェを乱雑に置いた。くちゃくちゃとガムを噛む音がする。
「え、これまだチョコパフェじゃないの?」と由比がうれしそうに嫌らしそうに店員に食い掛ったが店員は無視して厨房へ入っていった。
「これがいったいなんになるっての」と由比はお行儀悪くクリームを上からくわえるようになめて食べる。
「えっ醤油に豆腐かけるの?」そんな声がどこかから聞こえる。肥満がいちいちとりにいかなくていいように四つのグラスにコーラを注いで持っていこうとしている。大学生が水にタバスコを入れるのをまるでそれが世界で一番面白いことのように笑っている。平和だ。
「それでさ、今日ってなんで呼んだの? しかも呼んどいて遅れてるしさ」と美幸がウエハースでヴァニラ・アイスをほじくりながら尋ねた。
「うん金ちょうだい」
「やだ」
「残念」

 沈黙。

「え、本当にそれだけなの?」パフェをいじりながら美幸。
「うん貰えるものは貰っときたかったから」と笑顔で由比。

「あげる気ねぇもんは貰えるかよ馬鹿」と隣の席のテーブルを拭いていたウェイトレスがつぶやき、ガムをテーブルの裏へ貼付けた。
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