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僕の今住んでいる町(僕はあえて街とは表現しない)には多くのワーキングホリデーがいる
本当に多くてまるで京都のタクシーみたいに溢れ返っている

そして彼らの中には真面目に仕事一本の道を選び
休日を捨ててしまった人間もいる

それはごく自然なことだ
丸くなるという言葉が生きているかぎりあたりまえの人間的帰着だ
日本にもゾンビのようにいるだろう
学生時代の遊びほうけた日々を忘れて(そして時たま無表情に思い出しながら)
遊びほうける人間が仮想敵であるかのように考えて……

そしてここで見られる休日放棄者は
日本の丸くなった人間の抽象だろう
なぜなら彼らは遊びが高じて国を出て
ついに他国の大地に尻を埋めてしまったのだから

ここで僕は丸くなった人間を二種類にわけよう
ひとつは角張った人間がただに丸くなるまでの恒常的な観察対象に過ぎない者
彼らにとってワーキングホリデーはもう大人になった自分を
まだ子供であるワーキングホリデーを通して比較することを楽しむ存在で
角張った人間に家族のような優しさを時たまそそいでいる

もうひとつは角張った人間が、先に述べたように利用しうる敵でしかない者だ
自分はもう角を失ってしまったが角がある消しゴムのほうがよく使えるように
しっぽを失った狐のように角の必要性に対する自分への劣等感を覚えながら
その角をつまむ

そして僕がこのような考察を始めた原因へと収束させるのだが
現在のケアンズにおける日本人たちのコミュニティーは
いつしか来るやもしれぬ原料の枯渇に目をつぶりながら
後者型の丸くなった人間がワーキングホリデーの
角をつまみ、時にはちぎりとったりしながらなんとか存続させられている

僕はここに異常性を感じている
文明が生まれて以来あたりまえの
老人が若者の若さを利用し
若さを失い老人になった若者がまた新しい若者の若さを利用する社会が
いよいよ破綻しかけているのではないか
多くの老人は僕のこの感覚を一笑に付すだろう
しかし破綻の可能性がわずかにちらつくだけでも
すでに上手く行った時代は終わりつつあるといえるだろう(多くの災害や破滅を描く映画がまずは一人の観測者から始まるように)

しかしまだ若者はあまりに愚かすぎる
なかには愚かなふりをする賢者がいるが
未だ多くの若者は老人から搾取されることを
良しとするか否か以前に搾取されていること自体を認識していない

いったい若者が老人を捨てる時代はいつ来るのだろうか
ちなみにワーホリの95割は馬鹿だ
まあワーホリだけじゃなくて海外に赴任してきたり留学して来た人も馬鹿が多いんだけどさ
馬鹿というか、スイーツ(笑)というか
日本の廃車が海外で使われているのを眺めている気分というか

ちなみに自分は馬鹿でもいいとか思ってる奴は論外だからね
賢者は愚者を観察できるけど逆はないからね
まずは自分が先生だと思う人間に瞼の持ち上げ方を聞かないと
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