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人間として最も 危険なのは他人に興味を持たなくなることだ
それは言葉という他人のためにあるツールを持つ自分自身を否定することになる
しかしまた会話には二種類あるのも認めなければならない
それは会話のための会話と利便のための会話だ
利便のための会話はいわばコンビニの店員に対する会話で
自分の欲求を円滑に果たそうとする目的に用いられる
そして会話のための会話は友人との会話で
自分が親和しやすい人間との波長のあわせ合いおよび調整のためにある

一般的に人は年をとるにつれて
利便のための会話の割合が大きくなり会話のための会話を行う範囲はせばまっていく
(細かく説明すれば成人し二十五あたりまで会話のための会話は広がりをみせそこからせばまりはじまる)

自分勝手で、クレーマー体質な老人のことをネットでは老害というが
そういう老人はその典型で生き腐れすぎたために欲望の環が広がりすぎ
親和力を著しく損なっている
つまり他人という他人を利便のための欲望を変換する機械としか思っていない
他人に興味を持たなくなっていて協調の必要性をすら喪失している
協調の喪失とは自己矛盾だ
他人との協調のために生まれた言語によって思考する人間が
その協調を放棄しつつ不必要なはずの言語を用いるのだから
自己矛盾を犯し続ける存在はそのうちに自身の存在を喪失させるだろうね
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