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島本理生の生まれる森がよかった。

何でもないのがよかった。

明確に何かが起こらなければならないのもおかしいし
それが解決しなければならないって決められてるわけでもない。

何かが起こって、それが解決する
その間だけを描いてみて何が悪いって感じだ。

ただ多くの文学(笑)を読んで思うのは
マイナーな作品の名前を出してみちゃうのはなぜなのかってこと。

しかもそれを会話に持ち出して
相手もそれを知ってたりするご都合な展開もなにがしたいのかわからない。

ああいうのって自分のたとえ話に自信がないから
添え木とかに使ってるんだろうけど
なんかもやもやする。

そういう見方からすれば村上春樹の風の歌を聴けにおける架空の作家はとてもいい。

読んでる側の反応を統一させられるからね。

文学者さんも
俺は文学わかってるぜ症候群患者も
ただの読者も架空の作家に似たような感慨を覚えるからね。

まあ文学ってのはステレオタイプとの戦いだからね(笑)

世の中には言文一致しなくてもいいものも多く存在する。

書き言葉と話し言葉は互いに干渉し合いつつも境界線だけは一応のところあるものだろう。

2ch用語を現実で使うと痛々しいのはその典型だろうね。
 〜という感じ。っていう感じを作った武者小路実篤ってすごいね。
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