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新人賞は原石を探すものであるから技巧的な面はあまり気にするべきではない。又吉直樹の「火花」も一昔前のワナビが書きそうなただ遠回りするだけの比喩を散らしただけだが、今まで描かれてこなかった芸人の師弟関係を取り上げたことの評価によるものがあったのだろう。購読していないから文学界がどうかは知らないが群像、新潮ともに新人賞はどうも学生ものが多い。それは別にいまに限ったことでもなく、国民全体があまねく持っている共通感覚であり、そこには規範があり上下関係があり建前と本音があり、幼さそのものである子どもたちと、社会経験のない教師たちによる明らかに矛盾を孕んだ世界があるから広げやすいからかもしれない。
勉強は要領よくできるが、学校が嫌いですべてを馬鹿にしている不良気取りで童貞を捨てたい中学生が主人公で、顔はさておき身体は豊満な女子生徒坂本ちゃんの身体だけを狙って、合唱コンクールの練習を名目にカラオケにしばしば行くようになるという話だ。義務教育が変なところで終わるから仕方ないにしても、その区切りのために用意されたようなこの中学校は、なかなかいびつな時代だと思う。中学生はいわば子供と大人のキメラのようなもので、公立中学ともなればそこは魔境だ。もし中学校と高校とが一つの六年制のものだったとしたら中二病はあるいはなかったかもしれない、とすら僕には思える。しても仕方がない反抗をする年齢の、自意識だけが空想の大人像に凝り固まっているさまを作者は上手に描いている。小説の最後に紆余曲折ありつつも主人公は坂本ちゃんにねっとりキスをするのだが、それ自体もその前の文脈から自分をごまかしてはいるが、結局学校や周囲への反抗心からやったに過ぎず、見栄張りの小心者が目前にある自らの葛藤から眼をそらし、周囲への示威で代わりにするなど、なにも成長していないところがいい。反抗期なんて外部から治せるものではないし、内部からも悦が恥に変わる時期が来なければ治らない(この恥がのちにいい思い出に変えられる年齢を青春と呼ぶ)。多少ナレーターが主人公の肩を持ちすぎていることと、度々登場する不登校児についての噂、勝手に膨張する噂のたねに自分も巻き込まれるようになってから、もう少し何か連絡があるだろうと思っていただけにそこは少し物足りなかった。
また、これは僕が悪いのだろうが、どうしても坂本ちゃんで検索すると最初に出てくる人の顔が僕の情景に割り込んできて仕方がない。すくなくとも僕は坂本ちゃんの顔した豊満な同級生でオナニーはできなかっただろう。
関係ないことだが、今の新人は二十代後半が多く、僕からすれば5つほど上であるのだが、彼らの学生生活には携帯電話はなかったのだろうか。あるいはポケットベルなどすくなくとも欲しくはなかったのだろうか。学生ものなどでは時にまったく時代設定を明らかにしないものもしばしばあるが、僕は現代でないならある程度の時代的要素が学生ものにもあってしかるべきだと思う。たとえばこの作品はエヴァンゲリオンの名前が登場し、なぜか2ちゃんねるが3チャンネルと偽名で登場する。それらはまさに時代が90年代であることが予測できるがそれらはわずかに一致しない。エヴァンゲリオンの放送年と、2ch創設には数年の開きがある。前身であるあめぞうであってもまだ外れている。また、そのようなインターネット黎明期においてパソコンをやっているような裕福で新しいもの好きの坂本ちゃんならばポケベルを持っていても不思議ではない。毎月何万もかかりかねない当時のインターネットを娘にさせられるような親が娘の小遣いに口うるさいだろうか。まあ煙草の匂いをまとって帰ってくるからどのみち問題にはなっただろうが。しかし余分な描写こそが小説家の個性が出る部分だ。力量はあるのだからそういうところにももっと注力していけば、より光る作品を書けるようになると思う。
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