上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
例えばコーヒーに砂糖をいれるべきかどうかの話をしているとします。
そもそも解決のない議題なので、しばらくすると議論が堂々めぐりしだします。
まー人それぞれだから、とか脇から言ってくるやつがいます。

戯れ言はいいので黙っとけという話なのです。人それぞれじゃなかったらそもそも話が始まらないんです。

それに「みんな人それぞれ」だと思っているあなたの考えも事実らしくてもあなたが信じるあなたの主張に過ぎません。

人それぞれだと思うなら人それぞれな根拠を話さなければなりません。

人それぞれというのはつまり一つ一つの完全な個によって成り立っている状態のことで、完全な個の集まりは個々の主張が集まっているゆえに、人それぞれだからという言葉で主張を退けては尚更ならないのです。

しかしコーヒーに砂糖をいれるべきかいれないべきかという議題が極端過ぎたのも悪かったかもしれません。
たとえばコーヒーに砂糖を入れるひとはどういった理由で砂糖を加えるのか、入れないひとはどういった理由で砂糖を拒むのか、という統計的な議論に持ち込めば、ひとはそれぞれであるという定義を保ったまま話を続けられます。

まあコーヒーのなかでも少なくともエスプレッソは砂糖なしはありえないですけどね。
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。