上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 フタアゴオヤジの伝説を知っているかと美幸は尋ねられた。大きな二つの並列した顎を持った、禿頭がかった中年で、大学構内を徘徊しており、彼に出会って彼の左翼か右翼かの質問に右翼と答えると殺されるという。
美幸 それって単なるケツアゴの左翼なんじゃないの? 法政大学から流れて来た
由比(どうも腑に落ちない顔)いやでもね、そのフタアゴオヤジは殺した学生のアゴを奪って自分のアゴにしちゃうんだよ
美幸 そしたらもうフタアゴじゃない、ミツアゴ
由比 そうなんだけど、でも私普段から死にたがってるじゃん? でもそんなオッサンに殺されるのだけは勘弁してほしいもん、これは一大事だよ、殺られる前に殺らないとおちおち自殺もしてられない
 美幸は何も答えなかった。
 二人は構内を散歩した。この大学にも似たような壮大なだけの理念をかかげてただ反抗したいだけの、架空戦記に生きる人々がいた。彼らは反抗している自分に酔っていたが、彼らの前を通る人々は昼間からコンビニの前でのんだくれてる浮浪者に対するのと同じように、ちょっと離れて通り過ぎた。無視されると彼らの股間はカウパー氏腺液に濡れた。
由比 あーやだやだフタアゴオヤジにだけは殺されたくない! フラワープリントのトップスの袖から突き出た腕を振り回した。
美幸 そんなこと言ってもそれ都市伝説みたいなもんでしょ? さっきの左翼学生に聴いてみよう、同じ左翼なら知ってるんじゃない?
 二人は少し引き返し、拡声器を持った、伸びた五分刈り頭の鳥に似た鷲鼻で眉の下がりがちな青年に話しかけた。
美幸 ねえフタアゴオヤジって知ってる?
佐世田 我々は進歩的文化人で、我々が中心、正しいのです
美幸 聞いてる? 顎がすごく大きくて二つあるおっさんを知らない?
佐世田 戦争の責任は断罪されなければならない。暴力は何も生まない! 戦争したから日本は一番になってはならない!
 美幸はとぼとぼと由比の元へ戻る。
美幸 だめ、話通じない
由比 通じてたらあんな風に青春を犠牲にしてないし、学校にいつまでもこだわらないよああああ思い出した元カレが山荘のキッチンで爆弾を爆発させてたことおおおあああ死にたいでもフタアゴオヤジにだけは殺されたくないいい(由比はしゃがみこむ)
美幸 その人死刑判決下りてない?(*当妄想はフィクションでありマジックリアリズムですらありません)というかさ、もし本当に殺されて顎を奪われた人が居たら大変なニュースになってない?
由比 比喩的にだよ(顔を上げる)フタアゴオヤジにかかればなにもかもが差別ってみなされて何もしゃべれなくなっちゃうんだよ、ほらああいう人みたいに
 そう言って由比が指差した所に居たのはサークルの環の中にいる一人の学生。彼はみなが談笑するなかに混じっているが、笑うところで笑顔になるだけで、何一つ言葉を発さず環の後ろで静かである。
由比 あれもきっとフタアゴオヤジに殺されて顎を奪われたんだよ(冷や汗をたらし震える)
美幸 そう
由比 フタアゴオヤジの被害者はいっぱい! みんな大学になにかを抱えてやってくる。大学生活のなかで自分が輝けるかもって考える。輝くってのは自分の言うことすることがみんなにみとめられるってこと。でも可哀想にフタアゴオヤジに顎を奪われてもう輝くこともできない。だから学食でも席を探せないしそれかトイレで食べたり、存在感を出すには同じ顎を奪われた人同士で集まらないといけないなんて!
美幸 由比にしては珍しいよね他人を気にかけるなんて
由比 だって元カレが何人か顎を奪われたしそれに顎を失ったらあたしが死んでもあたしがどういう理由で死んだか説明できなくなるじゃない!
美幸 でもフタアゴオヤジなんてそんなのみつけられるの? (多久が登場)
多久 なら俺が見つけてやろう!
由比 たっくん!
美幸 多久をそんな呼び方しないで。それよりなんで大学にいるの?
多久 大学生なんだから当然だろ
美幸 普通の大学生なら
多久 ちょっとした用事があってね
美幸 用事って?
多久 それがフタアゴオヤジがらみなんだよ
美幸 どういうこと
多久 店長がフタアゴオヤジにやられて、顎を取り返しに来たんだ
美幸 どうして店長さんがやられるの、大学生じゃないじゃない
由比 いや学生か学生じゃないかじゃないの、フタアゴオヤジはありとあらゆるまだ若い気でいる主張に溢れる人間を捕まえては顎を奪って頷くだけの存在に変えてしまうの
多久 そうだ。で、ちょうどフタアゴオヤジの足取りを掴んでね
美幸 どうやって? 左翼学生に聞いても教えてくれなかったのに
多久 右翼に聞いたんだよ、何でも恨んでるものについてはみんな詳しいからな。あいつは今、謎部屋にいる!
由比 謎部屋!
美幸 あの事務室とかあるとこの何に使われてるかわからない建物?
多久 そうだ。ここにちょうどそこの鍵もある
由比 さすがたっくん!
美幸 ね、ほんとやめて。なんでそんなもの持ってるの?
多久 アゴをとられた事務員に頼んだ。アゴがなかったら言い返せないから大きい声出されたら従う他ないし
 謎部屋と学生たちに呼ばれるゲストルームの扉のノブに多久は鍵を差し込んだが扉は開いていた。中は薄暗く湿った空気がひっそりとしている。その殊更暗い方になにかがうごめいている気配がしている。よく見れば毛の失せた顎の二つある中年男性がブリーフ一枚であぐらをかいて床に置かれた盆にせっせと何かをうずたかく積み上げている。それは人間の顎のようで、盆からこぼれた血が床へ丸くひろがっている。悲鳴を上げようとする多久の口を美幸と由比が抑える。盆をかかえたフタアゴオヤジが頭を下げてそれを献上したのは玉座に腰掛けた一昔前の髪型をしたほお骨と鼻とその穴の大きな男だった。コック姿をしている。
美幸 誰?
ゴエカワ ぼくだよ、僕を知らないわけないでしょ?
由比 柴田書店から料理本の出版されないシェフだ
ゴエカワ きみたち、ここになにしにきたんだ、はやく帰らないと無断で有料の水を注ぐぞ
多久 誰だか知らないがおまえが言論統制を目指すフタアゴオヤジを操って主張を持った人々から顎を奪っていたんだな、なぜなんだ。
ゴエカワ ぼーくはー、イケメンなんだよ、わっかるかい? 僕がー、することが間違ってると言う奴はこの世に、あのー存在してはいけないんだよ。ぼくがーお水をコップに注いだら800円をー払わないといけないんだよ、ぼーくはねー人々のアゴを奪って僕の批判を言わせないようにしようってー、そう考えてーま、ついでにこの国全体をー僕の店ってことにしてー国民全員が僕に水代を払わなければならないようにーするんだよ。あと自分の顔写真入りのマカロンを買わせてー僕のキメ顔の真似を禁止させるかなーあとコラも
美幸 そんなことできるわけないでしょ
由比 そうだよそんないびつな表情真似そもそもできないし
多久 そうだ
ゴエカワ ならここで死んでもらうしかないかな、ねえフタアゴオヤジ、あそこ三人左翼を差別してるみたいだよ?
 フタアゴオヤジ、口から涎を垂らしながら三人の方を向く、三人はすくみあがる。
美幸 万事休す
由比 嫌だ、死にたくない自分で死ぬまで死にたくない!
多久 どうすりゃいいんだ……
ゴエカワ どうしてだ、どうしてなんだ。僕はただイケメンでただ一方的に搾取したいだけだってのに。なんで叩かれないといけないんだ、ゴエェ殺してやる!
多久 一方的に……はっ! そうか、おいシェフ聞いてくれ!
ゴエカワ 俺は「イケメンシェフ」だ! 一度もただのシェフだったことはない!
多久 すまないイケメンシェフ、ただ一ついい仕事がある、一方的に搾取できてしかも人にうらやんでもらえる仕事だ
ゴエカワ ……なんだ
 多久はほっと胸をなでおろしてシェフに笑顔を向けた。

 数日後、そこには池面寺(ちめんじ)という寺を建立し綺麗に飾り立てた卒塔婆、デコ塔婆をラミネートする袈裟姿のゴエカワがいた。
多久 助かったな
由比 これで安心して死ねる!
美幸 彼に弔われるのだけはごめんだけどね
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。