上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「みなさん、私、なんと、出産しました。出産したんですよみなさん」とまだ肌の赤茶けた感じの抜けない赤子を抱いた女が拡声器を持って道行く人々へ喚いているが、誰も耳を貸す人もいなかった。
「出産ハイ」と美幸はつぶやいた。四条河原町のタクシー乗り場のあたりで、まだ時間帯は明るい空のころで、まだ鼻の脂を光らせた客引きの連中はいない。美幸と由比は今待ち合わせたばかりだった。由比は会ったとたんに死にたがっている。彼女が一人で死にたがっている所を目撃したものはいない。そして彼女は髪を結ばない。長く真っすぐなそれを重力に任せている。おそらく結ぶと死にたい感じがでないのだろう。「ああいうのは自分が妊娠して出産したことを奇跡だと信じたいんだよ自分の人生にあった出来事を文章にしたら顔と名前以外そこらの他人と変わらないの知ってるからてかあああああ思い出しちゃった想像妊娠した妊婦と付き合ってたの、思い出したくなかった……」といつもの感じでいる。ただ拡声器の母親を睨んでいる。自分よりも目立っているのが腹立たしいのだろうか。
 早速も由比はしゃがみ込んで髪だけになる。
「ねーどこ行く?」と美幸は気にしないが、由比も気にせず話し続ける。
「どうせ助産院で産んでるんだよああいうのは自然に、本当の産み方をするとか言って。逆子をむりやりに産ませたり赤ちゃんに必要なビタミンK2のシロップを医療に頼っていると言って与えないし自分の陰部から引きずり出した胎盤をごま油で炒めて食べたり親の自己満足で子供を苦しませる馬鹿ばっかで、わざわざ自分の汚くて狭い穴を引き裂くほどに強く押し出して、一体何人のキャサリン・バークリーが赤ちゃんごと死んで何人のフレデリック・ヘンリーが雨降る闇へ消えて行ったか、あっ」由比は驚いて立ち上がった。「どうしたの?」美幸が聞く。「裏が表に飛び出るほど押し出すの」「なにが」由比は黙って答えない。死にたいとつぶやいている。拡声器の女が「見て下さい産みましたよ産みました」というのを道行く人々と同じように美幸も眼をすら向けず由比を持ち上げて運んで行った。
 カフェ・オクターブではジャコ・パストリウスのいつまでも革新的な音律が響いていた、淡色と丸みを基調とした店内でローマ修道士の被りものに由来するミルクのふんわりとのせられたエスプレッソを二人は口にする。
「最近の出産はファッション」と由比は言う。「妊娠もファッション出産もファッション。どれだけ安全に埋めるかじゃなくてどれだけお洒落にかっこよく埋めるかが大事なんでしょ、あっ、終わるまでに何回前後したかいつもノートに書き込んでた男を思い出しちゃった……死にたい、同じ自己満足じゃん、死にたい」
「今日は死にたさに元気がないね」と美幸は暇そうにしているバリスタの実と六メートル隔たったあっち向いてホイをしている。店内には美幸と由比と、あと奥の方で二人組の男女が居て、女の方が男に胸を服の内側から触らせてちらちらと美幸と由比を伺っている。彼らの性的欲求は見栄に覆われている。
「だって女にとって自分が女じゃないって言われることほどショックで意地になることはないじゃん、助産院とかさー、産婦人科のせいで食い扶持が繋げないからああやって、女性ほんらいの産む力とか煽ってまるでそうやって産まない女は弱い女であるかのようにさ、現代女性が持ってる自立意識を逆撫でしてさー、カエサルとマクダフをなめるなってあああああ思い出した彼と帝王切開プレイしたの」
「へなにそれ」と美幸はようやくあっち向いてホイに負けて実の勝ち誇り、そして見下した顔を甘んじて受けながら興味を覚えて尋ねた。同時に帝王切開がカエサルに由来するのでなくカエサルが帝王切開に由来するのを思い出していた。
「邪悪な信仰に絶望しそなたの信じたる使いに教えよこのマクダフは母なる袋を折悪しく破り出たりって叫ぶの、終わりに」と言って照れくさそうな顔をしたのちに、はっと「死にたい!」っと叫び由比は頭をテーブルに打当てる。その勢いの強さに砂糖壷の匙が倒れて実が迷惑な顔をする。実はコーヒーを飲む男を好みコーヒーを女を嫌う。先ほどの母親が首の座っているわけもない赤子を片手でバゲットの入ったドギーバッグのように持ちながらドアを押し友人らしき女と話しながら入って来てシャツの裾を持ち上げて線の入った腹をその友達へ見せた。「いらっしゃいませー」という実のまた女だという響きの声。いくら奢ってもらうとはいえ細やかな肌を細やかでない木理へ押しつけつづける由比にうんざりしながら、そしてそもそも由比は金を持っていないことを思い出して美幸はつぶやいた。
「出産ハイ」
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。