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親がどうして奇抜な名前をつけたがるのか、子供に(親の)夢や希望を託す以上にどんな理由があるだろうか。

たとえば「真美」という名前の女がいたとする。

彼女と初めてであった人は彼女から「マミです」と自己紹介されてどう感じるだろうか。

それはその人の個人的な経験に大きく依るように僕には思える。

たとえば自己紹介された側が過去に同名の「真美」という女性と出会っていてその女性が活発で美しい女性であるのにたいし今自己紹介している彼女がおとなしそうで不美人であったりしたなら自己紹介された側は『その名前が持つイメージと彼女は不釣り合いだ』などと考えるのではないだろうか。

たとえばナオミという名前を想像すれば、犬やワインが好きそうだというように。

猫とブランデーの好きなナオミがこの世にはいないように。

そのような人々が過去に出会って来た人間のイメージにとらわれないように、子供へ他になさそうな名前を親はつけるのだろうか、などと考えてみたのはいいものの

今まで出会って来た奇抜な名付け親たちはみんなそこまで頭が回らなさそうな感じだった。

それに、人の名前が他者の過去の人物によってイメージを左右されるのと、奇抜な名前に人が感じる負のイメージとどちらがましだろうかなんて、ちょっと考えればわかりそうなものだ。
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