上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
哀しい話を、ああ何たる悲劇だろうと大袈裟に書き立てる作品はいっぱいある
自然主義が大流行していた頃なんて不幸自慢大会だった

ああなんて可哀想なんでしょう!って

だけど井伏鱒二の筆は哀しみを温かく、優しさに近い穏やかさで浮かび上がらせる

山の番人をしている朽助は主人公の父がその山を誰かに売り払ってしまったというのに
未だに秋となれば収穫された茸を主人公の元へ送って来るし
主人公の幼かったころは自分がハワイへの出稼ぎから帰って来たときに買って来た乳母車に乗せていろいろなところを案内してくれたし
主人公に英語を教えて今は弁護士になっていると信じていた。

役所の事業によって彼の家がある谷間が堤防として水の底へ沈むこととなったが
彼を説得してくれないかと彼の孫娘でアメリカとの混血であるタエトが
手紙を主人公の元へと送って来たので主人公は十何年かぶりにそこへと帰った。

無事朽助を説得した主人公は彼と朽助、タエトの三人で竣工までの日々を過ごす。

もう次に実ることはないからと杏の実を強引に振り落とし
役所の作ってくれた新しい家に家財道具を移し
タエトの就寝前のお祈りを眺め
岩が爆破され転がり落ちるのを見て
寝付けない夜に孫娘を心配する朽助の哀しみを聴き
朽助の手は灰皿代わりになるほど皮が厚く豆になっていた
大自然の中川がせきとめられ木々が伐採され家畜小屋は解体され
そして解き放たれた水が朽助の耕した畑を、朽助の家を飲み込み山々の形にそった九つの池になるのを見た
いつまでも見ていた。

巣を飲み込まれたうぐいすがいつまでも飛び回ってるのを哀れんだタエトが石をなげておっぱらってやると
朽助が気持ちに踏ん切りをつけようと伸びをしながらため息をつきそして泣き出すと
タエトと主人公は絶対に彼を一人になどしないと九つの池を眺め続けた

どうもしようもなくなった人間への優しさに井伏鱒二の文章は溢れている
彼らに対して自分がどうもできるわけがないのを知っているからこそ
人々のなかにある温かい部分から彼は絶対に眼をはなさない
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。